飲食店(居酒屋チェーン店)の事業再生(企業再生)事例

一年で再生の目処がたった珍しい事例

事業再生というのは非常に難しく、なかなか短期間で成功といえる状況に至るものではない。

通常3年はかかると見ている。

1年目は業練の悪化を食い止め、長年の問題であった膿を出し、事業改革、業務改革の下地を作り、後半でやっと具体的な改善・改革に取り組み始める。

2年目は、ようやく本格的に改革が軌道に乗り成果が出始め、後半で最低限の目標達成ができる。

そして3年目にはさらに発展しながら、コンサルタントが離れても自主的に事業を維持発展でき、問題にも対応できるような人材と組織に仕上がるようにする。

もちろん経営者や従業員自身の努力があってこその成功で、そうでなければ3年を待たず頓挫することとなる。

今回のケースはわずかl年でほぼ再生の目処が立ち、組織はまだできあがったわけではないが、おそらく狙い通り進むであろう状態になった珍しいケースである。
しかしこれは経営者がもともとしっかりしていたこと、素直に自分の非を認め、またこの先起こるリスクを覚悟していたこと、そして何よりコンサルタントとよく連携をとって計画を忠実に守り、ぶれずに取り組んだことによるもので、そうすればこのようにスムースに行く揚合もあるというよい例であるといえる。

企業概要

・売上高 182,000千円
・営業利益 ▲7,537千円
・税引前当期純利益 ▲50,498千円
・借入金総額 190,470千円
・資本金 80,000千円
・従業員数:役員1名、杜員7名
・アルバイト:約10名

導入時点の状況

2010年5月、ある飲食店の経営者より相談があった。1980年に創業し、三多摩地区の中央線および京王線沿線に一時は11店舗を構えた居酒屋チェーン店の社長である。当時この地区の居酒屋に行く機会が多い人ならば、ほとんどの人が知っているであろう、かなり名の通ったチェーン店である。

2000年に入っても上がりきらない景気と、それに合わせて激化する居酒屋の価格餅争の中、店舗を減らしながらも何とか踏みとどまっていたが、2008年のリーマンショックで追い討ちをかけられ、ついに3店舗となり、結局そこから立ち直ることができずに半ば諦めの気持ちとなっていた。

社長の相談内容は以下のとおりであった。

「3店舗のうち駅前の少し小さいl店舗だけが何とか黒字です。

本社兼セントラルキッチンと2店舗は畳み、何とかその1店舗だけでも残し、今後の生活だけでもできるようにならないでしょうか。

しかし多大な借入金があり、このままではその返済で蓄えはもちろん、家も全て失ってしまうのではないでしょうか。残った一店舗の居酒屋を続けることもできないのではないかと思います。

何とかならないでしょうか…。」

相談時の借入残高は2憾円を超えており、売上高は1億8千2百万円で、当然赤字のためキャッシュは流出し続けている。現預金残高からどう見ても3-4ヶ月後には資金ショートである。もちろん、返済を統けるなどできるはずもない。

にもかかわらず、リスケも行っていない。それどころか、金融機関側から融資の話まで出てきていた。もちろん融資の話の時点では、まだ赤字は前年度の1年のみであるが、それでも本当にこの経営状態を見て理解しているのであろうかと、あらためて金融機関の見方に疑問を持たざるを得なかった。

ちなみに緑営不振になると、踏ん張り過ぎて固定費が流出するに任せ、破綻していくパターンが多いが、だからといって店舗を減らすなど、一度事業を縮小すると、その後業繊回復しても天井が知れていて、借金を返せる計算が立たないことがある。

まさに、進むも地獄、退くも地獄、である。ではどうすればよいのであろうか。何が問題なのであろうか。

それは、事業改善という観点でしっかり取り組めていないことが、共通かつ最大の問題で、実はこれができない経営者が多いのである。

たまたま潮流に乗って緩営がうまくいったとしても、博打で成功したに過ぎない。例えそうではなく、ある能力に長けていたからとしても、企業として継続するためには経営者(経営陣)はマルチプレーヤーでなければならない。世の中にはきちんとした経営で成長してきた企業ばかりではない、むしろそういったところは実は少数派かもしれない。悲しいかなそれが現実である。

初めての対応処置

緊急対応処置、まずは出血を止めなければならない。

キャッシュフロー上、非常に切迫した状況であったため、まずは金融機関の返済を一時止める作業に入った。とにかく足元を安定させ、先に望みがつながるようにしなければ意味がない。

同時にその後の会杜の行く末や社浄の身の振り方を考える、いわゆる出口のスキームも検討し、立案した。

先のことを考えずにただリスケだけをする企業や、それを薦める金融機関やコンサルタントが多い。敢近ではそれを政府までもが後押ししており、この先の多くの中小企業の行く末が危ぶまれる。

まず1回返済を遅らせて、考える時間を得た。実はこの時点ではどのようにするかはニュートラルで、少なくとも1回分1ヶ月分の遅れであれば事故扱いにしない金融機開も多い。

しかし金融機関に対して約束を破ったことには違いがないので、遅れたことを丁寧に謝り、今後の立て直しと、返済再開に向けて頑張っていることを真摯に話すの忘れてはならない。

どこにも敵はいない。関係者全員ができるだけ損をしない、できるだけ悲劇に陥らないことが最も重要で、かつ相手に対する礼儀を決して忘れてはならないのである。

この後の考えられる方法は大きく分けて3つある。

正常返済に戻すか、1年ないし2年のリスケをお願いするか、残念ながらデフォルトに至るか、である。

出口スキーム編

通常依頼者が最も望んでいるのは、現状の会社で立て直し、負依も返済できるようになること。しかし、ほとんどの場合はかなり困難で、実現性の低い確率であり、それを狙うことはリスクを伴う。

リスクとはほとんど全てを失ってしまうということである。

ただし十分に話をした上で、狙うべき優先順位は依頼者が最終的に決める。その場合でも、もちろん安全策をめぐらすことには変わりはない。

第1の狙いがうまくいきそうになければ、第2、第3の道を用意し、できるだけスムースに移行できるようにする。大体の場合において、優先度の高い目標の確率は低く、より確率が高いがある程度犠牲を払う道もいくつか準備しておかなければならない。

そこのところを理解できず、第1優先だけ取り組もうとする経営者は多いが、これはとても重要なので初めの段階でしっかり理解してもらわなければならない。

今回の場合の経営者は、もう諦めもあり現在の会社を残すことにあまり未練がなかったので、EBO(Enployee Buy-Out、従業員買収)の形で、別の会社に事業を残すことにし、社長は前線から退いてもらう形となった。EBOは従業員が自ら雇用と事業を守るという、極めて前向きで社会貢献度も高い行為であり、世の中でも正しい行為として認められているよい方法であるといえる。

実は、長年セントラルキッチンで働いてきた、信頼できかつエネルギーのある女性従業員がおり、早い時点で彼女が新会社の社長ということになった。このような人材はなかなかいない場合が多いが、この新社長選びの面では非常に楽であった。

当初依頼のあった時点ですでに3店舗になっていたが、赤字が回復できる見込みがない店舗はさらに閉鎖するとしていた。ただし、2店舗は同じ駅のそばですぐ近くにあり、仮に片方を手放して、そこに競合店が入ってくるとすると、さらに苦しい状況になりかねず、その近接した2店舗は片方だけやめるわけにはいかないだろうということで話は進んでいた。

財務リストラ編

資金繰りの面は、リスケでもキャッシュアウトが何とか止まるかという程度であり、仮に3店舗で頑張って、運も味方して業績が大幅に回復したとしても、正常返済ができるレベルには到達しないことはほぼ明らかであった。つまりこの会社は実質破綻していたといえる。

したがってそのままにしておいてもデフォルトにならざるを得ないのであれば、再生ができる元気があるうちに新たな道を歩むべきであるということから、止む無く元本返済停止および利息支払いを停止した。

借入金の担保として、本社兼セントラルキッチン、そして自宅があった。本杜およびセントラルキッチンは、昔拡大していた頃の効率化のために作ったものであるが、もはや3店舗、場合によっては2店舗となる状況では、むしろ維持経費等が負担となるため、既に手放す党悟で任意売却を進めた。

一方自宅については奥さんがおり、今後もずっと住み続けたいということから、何とか維持できる方向での検討となった。

実はこの物件は、買った当初から土地は奥さんと3人の息子との共同名義であり、それも各20%の均等であった。建物は社長の1OO%の名義であるが、築10年を超えており、価値はあまり高くないと思われる。このような少し複雑な条件では、まず差押えなどは来ないという弁護士の見解があったが、問題は担保権者である。

結果として、まず社長が5分の1の土地の権利を長男へ任意売却するということで、その売却代金を担保権者への弁済に充てた。これで差押えや無理矢理第2抵当権を付けられるなどのリスクはさらになくなった。

そして何とか返済の芽を残しておくことで、担保権者による競売のリスクも低減した。

事業リストラ編

新会社が事業を引き継ぐといっても、急に業績がよくなるわけではない。何もしなければジリ貧でまた赤字が増え、資金が流出し、結局2次破綻のような形になってしまう。

また飲食店は店舗が自分たちの資産でないとしても、多くの場合、設備や内装などは自分たちで維持していかなければならない。ぎっと見て1店舗あたり年間100万円、3年サイクルくらいで大きな補修など入るとすればそれが300万円ほどになるであろう。

まずはエアコンや冷蔵庫などの厨房機器は使用頻度も高いため、必ず3年から5年で何れかが補修や交換が必要となる。そして内装やファサードなどは傷むのはもちろん、顧客を飽きさせないためにこれも3年くらいで見直す必要がある。

さらには元社長が何年か大人しくし、祓が済めばそこで社員として生活費程度の収入は得なければならず、新社長と併せて固定費が上がることは間違いない。

従って収支トントンではだめで、税金も考えると年間で店舗数x150万円以上の利益を上げられるようにならなければならず、決してハードルは低くない作業である。

具体的な収益アップのために私たちは主に以下の提案し、実行させた。

①社内会議を毎週開催し活発に意見交換する
【目的】 コミュニケーション向上、問題点の早期発見、よりよいアイデアの活用

②接客レベルを向上する
【目的】 顧客満足度を上げ注文を増やし客 単価を上げる、リピークーを増やす

③近接2店舗中-店舗のメニューの完全変更
【目的】 共食いの防止、近隣競合店との差別化、店の活性化

①については全ての改革の基股となるため、最初のうちは私たちも会識に入り、相当コントロールして、自主性とコミュニケーションの向上を図れるようにした。毎週会議をやることで、命令系統はどうなっているか、やると決めたことができているかのチェックができるようになった。

(a)だらだらと会議をやるのではなく、しっかりした議題を基に結論を出し、課題については誰がいつまでにするのかを明確にした。

(b)議題は前日までにメンバー(杜員)に周知してあらかじめ考えられるようにしておき、会議後の議事録はできるだけ早く発行し、さらに次の会議でも振り返りを行った。

(c)議事録作成および議事進行は全員の持ち回りとし、誰もが参加できる会議とした。

結果としては、参加者にとってかなり精神的プレッシャーにもなったが、ほぼ全貝の自主性が生まれ、また社内情報の透明性が高くなり、問題解決のスピードが圧倒的に速くなった。

②については、現代の居酒屋としては最も重視すべきことであるが、逆にこのチェーン店ではこれが組織としてほとんどできていなかった。それは社長があまり現場へ出向かず、店のことは店長任せであったため、店長のレベルが下がるとその店のレベルが下がる。なおかつ店長も監視が甘いので自然とルーズにならぎるを得ず、なるべくしてなった結果といえよう。

(a)まず声出しと表情を重視し、接客チェックシートを作って運用させた。ただし、多少の改善はされたものの、少しよくなった だけで止まってしまい、決して高いレベルの接客には至っていなかった。理由は箇単 で、この人と見込んだマネージャーが実は指弾力に問題があり、チェックシートなど適切な運用ができていなかったためである。

(b)新社長は顧客とのコミュニケーションの才があり、それを従業員に伝えることができ、今後の新社長の指導力に期待をかけている。

(c)については、まずこのチェーン店の料理の昧は大変良く、そこについては指導をする必要は特にはなかったが、以前のセントラルキッチンの名残りで近接している2店舗が全く同じメニューを出しており、ほぼ共食い状態になっていた。昔は違ったらしいが、この辺の問題に鈍いのがこの経営者の欠点である。

(a)ともかく2店舗の差別化を図らなければならないが、2店舗とも手を入れる余裕がなかったため、規模が小さい店舗には、メニューを無国籍で少し斬新なメニューに全て置き換えさせ、とにかく社内での競合を避けることにした。

(b)この会杜の場合、3店舗目の収支はトントンで、頑張れば伸びる可能性はあるが、そのままではジリ貧という状況であった。場所が離れすぎていて、縮小された本部機能では判断できず、杜長判断で営業権譲渡することになった。

残った2店舗については、結果としてメニューを変えたことで違う客層が来るかと考えていたが、同じ人が交互に来ているケースも少なくなく、競合店に流れてしまう確率を減らす結果となった。

最終的な売上は1週間で昨年対比15%アップし、今後の更なる業績アップへの芽が見えた。

ちなみに事業リストラをやる際には、それぞれ異なったタイプの店舗をいくつか持っている場合の指導は非常に難しい。そもそも全てを指導しようというのは無理で、何とかまとめて共通点で切り込むか、あるいは他は諦めて重要なところから個別に解決していくかである。中小企業にはこのパターンが多いので、予めどのように取り組むのかをしっかり決めておかないと、コンサルティングが迷走する可能性が高い。

今回の事業再生について

出口スキームとそれに伴う財務リストラ、事業リストラがほぼうまくいくであろう感触を持って、1年でこの事業再生は終了した。

本来であればあと1年は見ておきたいところであるが、縮小した状態のこの会社にはそれ以上の支出は厳しいものがあり、歓し方ないことである。それでも2年くらいかかるところをほぼ1年で終えられたことは、この経営者にとっても担当コンサルタントにとっても喜ばしい限りである。

いろいろ条件が揃っていたといえるかもしれないが、条件が揃うのを待つのではなく、何とかアイデアと懸命さで条件を整えさせることが、この中小企業の事業再生では重要である。

実際この取り組みにおいても途中何度も挫折かと思わせる問題が発生したが、その時々において、必死で考え何とか道を見つけ出して切り開くことができた。いくつかの問題は潮が引くように自然に収まっていった揚合もあるが、それは事前の周到な準備があってこそである。

だが、やはり失敗はあり、今後この経験を活かして、さらに中小企莱の支援に力を尽くしていきたいと思う。

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